(ミニ法話)  こころの泉

   36.おたがいさま

 日本人医師の岩村昇さんは、長年ネパールの医療活動に従事していました。
 岩村医師が結核検診キャラバンを組んで、病人をタンセンという町の病院へ連れて行く途中、おばあさんの患者を背負って三日も四日も運んでくれる若者がいました。岩村医師はお礼のお金を渡そうとしましたが、あいにくポケットマネーがなかったので、
 「残念なことにあなたに払う日当は一文もない」
 と伝えました。すると若者は憤然とした顔で言い返しました。
 「僕は、日当が欲しくておばあさんをかつぐのじゃないよ」
 「では、どうしてなの」
 「みんなで生きるために、自分のいま余っている体力を弱っているおばあさんのために提供したいだけなんだ」
 山の人たちは、岩村医師の一行が泊ってもほとんど食事をとらなかったそうです。医師の一行だからではなく、低カーストの人に対しても、旅人であれば、余っているものを分け与えたといいます。自分の家に食べ物が少なければ、近所にあたって持ってきてくれたそうです。
 ある新聞の投書欄に次のような話が載っていました。優先座席に母親と二人の小学生の子供が坐っていたそうです。子供はそこが優先座席であることに気づいて、席を譲ろうとすると、母親が「同じお金を出しているんやから坐っとき」と言ったとのことです。前に老人が立っても平然として坐っているのを見て、このような母親に育てられて、この子たちはどんな大人になるのかと暗い気持ちになったそうです。
 わが国にも「おたがいさま」との言葉があり、昔から「困ったときはおたがいさま」と助けあっていました。日本人の人を思いやる心が失われていくのは残念です。
        (平成20年8月)