(ミニ法話)  こころの泉

  55.いのちを燃やす

 仏教哲学者の鈴木大拙(すずきだいせつ)師は仏教や禅思想を英文で広く世界に紹介し、昭和24年に文化勲章を受賞されました。昭和41年に96歳で示寂されるまで、禅思想を中心に生涯にわたって実に多くの論文を残されたのです。
 北鎌倉の松ヶ岡文庫に知人や関係者がよく訪れましたが、92歳のときに、「私は世間的なことにかかわっている時間がない。これからは中国の禅の古典である『景徳伝灯録』四十巻を英訳する仕事が残っているし、それから親鸞聖人の『教行信証』も英訳しなければならない。まだまだしなければならないことがたくさんあって、私にはゆっくりしている暇がない。だから私の体のことを心配して訪ねてきてくれるのはありがたいが、本当に私の体を心配してくれるのであれば、自分の家でそっと私のことを祈ってくれるほうがありがたい」と言われたそうです。 
 また、東京芝の増上寺の法主や大正大学の学長を歴任し、各方面で活躍された浄土宗の椎尾弁匡(しいおべんきょう)師は、90歳近くになってそこひを患い、やがて目が見えなくなってしまいました。当時増上寺の山門前に都電が通っていて、外出にときお伴の者が手を引いて電車に乗っていたそうです。そんな時にも三種類の新聞を持って乗り、お伴の者に大きな声で読んでもらったということです。他の乗客は何ごとが起こったのかと驚いたわけですが、電車の中でも時間を無駄にされることはなかったのです。
 両師に共通することは、90歳を超えても、求める心を失うことなく、使命感に情熱をそそぎ、時間を無駄にせずにいのちを燃やし続けられたということです。両師の強い信念を学ぶ必要があります。

        (平成22年4月)