(ミニ法話)  こころの泉

  62.真実のことわり

 ブッダ在世時、コーサラ国の都サーヴァッティに一人の長者がいました。彼は多くの財宝を持っていましたが、子宝には恵まれていませんでした。そのため、後継者がいないので自分が死んだら財宝はどうなるのかと心配していました。
 ブッダに帰依しても、常に子供が授かるようにと願っていました。そのうち妻が懐妊して男児が生まれました。やがて男の子は成長して立派な青年となり、妻をめとりました。ある日、夫婦そろって森の中を散歩していると、赤色の花房をいっぱいにつけたアショーカ樹があり、それに目を奪われてしまいました。妻はその花が欲しくなって夫にそのことを告げると、夫は樹にのぼって花を採ろうとしました。ところが、枝が折れて夫は落下して死んでしまったのです。
 このことを知って長者夫婦は、悲しみのあまり病に伏してしまいました。ブッダは、長者を見舞いに行き、次のように話されました。
 「人には死があり、ものには盛んな時と衰える時がある。時期がくれば人の命は必ず滅するものである。この死滅を避けることはできない。この子は天からあなたの家に来たに過ぎず、寿命が尽きれば家を去らねばならない。この子は天の子でもなく、あなた方の子供でもない。因縁によって生まれ、因縁によって亡くなっただけのことである。」と。
 この言葉を聞くと、ブッダは非情な人ではないかと思われるかもしれませんが、人の命は必ず死滅するという無常の道理と因に縁がはたらいで果となるという因果の真理を説かれたのです。
 人の死は悲しいものですが、死を誰もどうすることもできないという現実の相を示されたということです。悲しみの感情の底に、真実の道理があることを知っておくべきであるとのブッダの教えでもあります。

        (平成22年11月)