(ミニ法話)  こころの泉

      77.深心に仏を念じる

 ブッダは、悟りにいたるための修行に、大切な五つの力があると言われております。信・勤・念・定・慧がそれです。これを五力といいます。信は真如・真理への信であり、勤は精進努力することであり、念は心を集中することです。定(じょう)はこころを統一して静めることであり、慧は智慧を開くことです。
 これら五つの力の一つに念があります。仏縁のある人は、仏を念ずることをします。たとえば、病気が治るようにと念じ続ける、願いごとが成就するように念じるというように、ご利益を期待して念じることをします。これは、念ずる行為の一つです。
 また、仏を念じることによって、一時的に心の迷いが消え、心の苦しみがやわらいできて、そのことからやすらぎの心をもつことができる、これも仏を念ずる行為です。
 このように仏を念じるといっても、いろいろな念じ方があり、念じる程度もありますが、深心(じんしん)に仏を念ずることをしている人は少ないのではないかと思われます。深心に仏を念ずるとは、どうしても念じなくてはいられない、自ずと念ぜざるを得ないということです。理屈ではなく、損得に関係なく、仏に心が引き寄せられて、離れようと思っても離れられない、忘れようとしても忘れられないという態度です。
 損得を考えていると、「ご真言を毎日誦じているのにご利益がないから、今度はお題目にしよう、念仏の方がいいかもしれない」というように、心が絶えずぐらついて、心が落着かずに迷ったままの状態が続きます。
 深心に仏を念じることは、心の奥底から出ているので、どんなことがあっても動揺することはなく、心が安定しているといえます。そのことによって心がますます静まってきます。深心に念ずる力を体得したいものです。

        (平成24年2月)