(ミニ法話)  こころの泉

       84.仏のはたらきかけ

 昔、ある大名が領内に親孝行の息子がいると聞いて、家来にその事実を調べるように命じました。 
 家来が家に行って見ると、あいにく息子は外出して留守で、母親がひとりで息子の帰りを待っていました。待っている間、母親と世間話をしていても、母親は息子がいつ帰ってくるのかと、そればかり気にしているようで世間話にも身が入らない様子でした。そうこうしているうちに息子が帰ってきました。
 すると母親はすぐに水を汲んできてたらいに入れ、「疲れたであろう。さあ、足を洗ってあげよう」と言って上がりかまちに腰をかけさせて、息子の足を洗い、拭いてあげたりしました。
 当の息子は母親のなすがままに任せて、母親を下女のように使っているかのようでした。この様子を見ていた家来は、「おまえは親孝行という評判が高いので、どのように親に仕えているかと思って見に来たら、親孝行どころか親を下女のように使っているではないか。けしからん」と怒りました。じっと聞いていた息子は、「私は、親孝行など一度もしたことはありません。親がこうしてやるというので、そのとおりにしてもらっています、私は、ただ母の言うとおりになっているだけです。時々もったいないことだと思うことはありますが、親に孝行というようなことはしたことがありません」と言いました。 
 家来は帰ってこの経緯を殿様に報告すると、殿様は、「これが本当の孝行息子よ」と大いに喜んだとのことです。
 この逸話は、仏と人との関係にも当てはまります。息子が母親に孝行しなくても、母親が息子の世話を焼くように、われわれが仏に救いを求める、求めないに関係なく仏は常に慈悲のはたらきかけをしてくださっているということです。早くそのことに気づく必要があります。

        (平成24年9月)