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高取町の紹介small logo

山城とくすりの街〜たかとり

歴史と文化に育まれた.

平成7年の国勢調査により産業別就業人口の構成比をみると、第1次産業が5.3%、第2次産業が36.3%、第3次産業が58.3%となっており、県全体の構成比との比較でみると第2次産業の構成比がやや高く、その分第3次産業の割合が低くなっている。(高取町ではロードサイド店等の進出も少なく、第3次産業の成長がやや遅れている。) また、総務省の「事業所・企業統計調査報告」をみると、事業所数は平成8年の518所から、平成11年には456所と3年間で12%減少している。従業員数でみてみると、平成8年の3,534人から平成11年には2,496人と3年間で29.4%減少している。人口の減少スピード以上に従業者数が減少していることは、若年層を中心に就職先を求めて大阪等への流出が増加していると考えられる。


高取町の工業生産の大半は製薬が占めている。薬と高取町の歴史は古くは万葉にさかのぼる。もともとこの地域に薬となる動植物が生息していたことから、、飛鳥時代・推古天皇の頃には宮廷行事の一環として「薬狩り」が行われていたという記録がある。以来、千数百年の時を経て今日の大和の薬産業が生まれ継承されてきた。今では最新の科学を応用した医薬品の製造開発とその販売が行われており、町の産業の柱となっている。平成12年時点で製薬会社は13社、製薬卸会社は14社、配置業者は180人となっている。 大和の売薬行商がいつごろ始まったかは正確には判らないが、江戸時代の終わり頃にはすでに伊勢街道沿いに売薬があったという記録が残されている。町で作られた薬は、すでに元禄時代には北海道から九州まで売り歩いていた。


前回一定の量の薬を得意先に預けておいて、次回訪問時に使用した分を集金し、その分だけを補充するという独特の商法を用いた高取の薬行商人たちは「大和の薬売り」の名で親しまれた。 奈良県の配置薬の商圏は全国に及んでいるが、近畿地方を最大のマーケットとし、中国、四国地方のウェイトが高い。 メーカーごとに帳主会が組織されており、高取町のメーカーは数十品目の配置薬を製造しているところもある。メーカーにとって、品揃えは傘下の配置販売業者をつなぎとめる意味があるし、得意帳を譲ろうという人が出た場合、帳主会内部で調整し、シェアを維持できるメリットがある。  この薬産業を核として印刷・投薬容器などの製造業も盛んで周辺産業と連携しながら、高取ならではの地場産業を築いている。

〒635-0154 奈良県高市郡高取町観覚寺990 Tel 0744-52-3168 Fax 0744-52-4522

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