(仏道要集)


 現在、真言宗の若手僧侶方の集まりの四会派等にそれぞれに年数回伝授・講伝を開筵しているが、本稿はそれらの合間に話したことを記したものである。

 伝授・講伝といっても、教え伝えているとの思いはない。小衲より年少者ばかりであるが、受者は共に正法を学び、仏道を志向する法友であり、兄弟(ひんでい)である。皆熱心な受法者ばかりなので、その姿勢に当方が触発されることもある。

 合間に話す内容は、伝授・講伝と無関係ではなく、別の角度から見ることによって仏道の一助となればとの考えから話している。そのことが受者には興味があるようだ。

 伝授・講伝は言語による。言語で伝えることは、真如を伝えることにはならない。真如は、言語で伝えられないからである。そこに伝授・講伝の限界がある。そのために実習によって境地を深める必要がある。伝授・講伝と実習は本来切り離せないものである。残念ながら宗内の風潮として、受法することで満足していることが多い。このような消極的な態度をずっと続けてきたから、三密の玄風が衰えてきたのではないか。

 僧侶一人一人の求法の自覚と共に、仏道の実践の輪が広がることを願っている。     合掌


目 次     

No. 解 説 年月
 1 謙虚 令和8年2月
 2 四種法界 令和8年3月

仏道要集 | 眞言律宗 観音寺